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福岡高等裁判所 昭和63年(ネ)16号 判決

控訴人

三菱重工業株式会社

右代業者代表取締役

相川賢太郎

右訴訟代理人弁護士

古賀野茂見

木村憲正

被控訴人

石尾卓

外一八名

被控訴人ら訴訟代理人弁護士

仙谷由人

美奈川成章

有馬毅

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  申立て

控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは、主文同旨の判決を求めた。

第二  事案の概要

本件は、控訴人の社員である被控訴人らが就業規則において始業時刻前に義務付けられていた作業服・安全保護具等(労働安全衛生法二七条一項に基づく労働安全衛生規則等の労働省令に定める作業服、保護帽、安全帯、保護具等のうち作業服を除いたものを安全保護具等と総称する。)の着装及び準備体操場までの到着を始業時刻以降にしたため、控訴人が始業時刻から準備体操場到着時刻までの時間に対応する資金をカットしたところ、被控訴人らが、作業服・安全保護具等の着装も労働基準法(以下「労基法」という。)三二条一項(昭和六二年法律第九九号による改正前のもの)に定める労働時間(以下「労基法上の労働時間」という。)であると主張して、カット部分の賃金及びこれに対する本訴状送達日の翌日である昭和六〇年八月三日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を請求したのに対し、原審が被控訴人らの請求を認容したため、控訴人がこれを不服として控訴した事案である。

一  (争いのない事実)

1  控訴人は、肩書地に本社を、長崎、神戸、横浜等各地に事業所を有し、船舶・航空機・重機械等の製造、修理、販売等を行う株式会社であり、被控訴人らは、控訴人長崎造船所に勤務する従業員である。

2  控訴人長崎造船所の社員就業規則(以下「本件就業規則」という。)では、被控訴人らが勤務する一般部門の始業時刻を午前八時、終業時刻を午後五時と定め、一日の労働時間を八時間(ただし、午前一二時から午後一時までは休憩時間)とするとともに、その始終業基準を次のとおり定めている(八条四項による別紙1の1)。

一  始業前  始業に間に合うよう更衣などを完了し作業場に到着する。

二  始業   所定の始業時刻に作業場において実作業を開始する。

三  終業及び終業後(省略)

四  実作業の定義

イ  実作業

始業付帯作業、本作業及び終業付帯作業

ロ  始業付帯作業

準備体操、朝礼、動力源・治工具・材料等の段取り、図面・作業指示書等の点検、機械装置の注油・点検及び慣らし運転等の作業

ハ  本作業

本来の作業

3 控訴人は、被控訴人らが昭和六〇年六月一日から同月三〇日までの労働日中、原判決添付別表記載の日に、同表の「作業場到着時刻」欄記載の時刻に各自の作業場に到着して同表の「不就業時間」欄記載の時間(以下「本件不就業時間」という。)を勤務しなかったとして、本件不就業時間のうち、三〇分の整数倍となる時間につき勤務を欠いたものとし、残余は切り捨てる方法によって計算した上、被控訴人らに対し、同年六月分の賃金支払日であった同年七月一九日、右計算に基づき原判決添付別紙二記載の各金員を支払わなかった。なお、本件不就業時間とは、被控訴人らが右労働日において午前八時の始業時刻に作業服・安全保護具等の着装を開始してから、これを終えて実作業に就くべく所定の準備体操場まで歩行するなどして到達するのに要した時間である。

二 (争点)

本件の争点は、作業服・安全保護具等の着装を開始してから所定の準備体操場に到達するまでの時間(以下、時間を指称するときは「本件係争時間」といい、活動を指称するときは「本件係争活動」という。)は労基法上の労働時間といえるか、仮に労基法上の労働時間に当たるとした場合に本件係争時間に対応する賃金請求権は発生するか、というものであり、これらの争点に関する当事者双方の主張は以下のとおりである。

1 控訴人の主張

(一) 労基法上の労働時間について

(1) 労基法上の労働時間とは、使用者が労働者を指揮命令の下に置いている時間とされているが、指揮命令下に置くというのは、労働力が労働者から使用者に引き渡された状態をいうものであり、これは、民法上の占有の概念に類似するものであって、結局、労基法上の労働とは、使用者が労働力を自己の占有下におくことをいい、労働者が社会観念上使用者の事実的支配に属すると認められる客観的関係に存するという事実的支配関係の存在(占有における所持)と、使用者が右の事実的支配関係に労働者をおくことによる利益を自分に帰せしめようとする意思の存在(占有における自己のためにする意思)とを要件とするものである。すなわち、労働力が使用者に引き渡されて、使用者が自由に使用できる段階になって初めて継続的かつ排他的に労働力を使用できるのであり、労働力の所有者である労働者が自己の労働力を自由に使用できる間は、使用者はいまだ労働力を「所持」するに至っていないし、また、使用者が労働者を事実的支配下におくことによる利益を自己に帰せしめる意思がなければ、使用者による支配ではなくなるのである。

(2) 控訴人長崎造船所における入場から始業までの行動実態は次のとおりである。

(造船現場部門―被控訴人歳田、同石尾、同氏家、同中西)

① 始業前

最寄りの会社門又は社船の棧橋より入場の後、控所のロッカーに通勤時携帯してきた私物を置く。控所には食堂があり、雑談したり休息できるように椅子、テーブルが置かれ、テレビも備え付けてある。ロッカーや横の吊具等には、作業服(労務を提供するに当たってふさわしい服装であればよい。)、安全帽(耳栓は作業服のポケットに納められているか、安全帽にくくり付けられている。)、安全靴、脚絆又は足カバー、安全帯(命綱が付いており、また、作業に必要なペンチやドライバー等の小物を入れる袋が付いている場合もある。)、棒袋(リモコン、ブリキ缶等を納めている。)、懐中電灯等が保管されている。

私物を置いた後、作業服に着替え、安全靴に履き替えた上、安全帽、脚絆又は脚カバー、安全帯を着装又は携帯し、必要な職種の者は棒袋等を携帯する。白ガラス、チョーク等の消耗品が必要な者は、これが控所又はその出口に置いてあるので、これを取る。

その後、徒歩又は構内バス(所定の控所から所定の作業場までの歩行時間が一五分以上かかる特別の遠隔地で作業する場合、午前午後の始終業時に運行されているバスであって、乗車時間は二、三分である。以下「始終業バス」という。」により。屋外の作業場最寄りの所定準備体操場に行き、始業のサイレンが吹鳴されるのを待つ。

なお、作業服、安全靴、安全帽は控訴人が支給したものであり、控所のロッカーも従業員の便宜に供しているにすぎないのであって、控所で作業服・安全保護具等の着装をしなければならないものではない。午前八時の始業時に作業服・安全保護具等の着装を済ませた状態であればよい。自宅で作業服に更衣を済ませて出勤する者もいるし、歩行中又は始終業バスの中で作業服・安全保護具等の着装をしても構わない。何をしながら、どれだけ時間をかけて作業服・安全保護具等の着装を行うかは自由である。

また、朝何時に入場しても自由であって、控所到着以降所定始業時刻までの間も、どこで、どのように過ごすかも自由である。控所に到着して直ちに作業服・安全保護具等の着装を行った後、新聞を読んだり、雑談をしたり、将棋等をして、準備体操場に向かう者もいれば、控所に到着して私用、組合用務等を行った後、作業服・安全保護具等の着装を行い、直ちに準備体操場に向かう者もいる。早く準備体操場に行って雑談等をしていてもよい。始業時刻までは、控訴人としても誰が出勤し、誰が出勤していないかの確認もせず、出勤のため一旦入門しても退門は自由である。

② 始業

始業のサイレン吹鳴が終わった直後から実作業を開始する。その際、本件就業規則における始終業の勤怠把握基準に従って、出勤の確認が行われる。実作業は準備体操から始まる。準備体操は、午前八時三分ころまで、作業場最寄りの所定の場所で構内放送により流れる音楽に合わせて一斉に行われる。終了後、係又は作業班ごとに安全唱和(朝礼後行うところもある。)を行い、その後、朝礼において作業指示、安全上の諸注意、伝達等がなされる。

(機械現場部門―その余の被控訴人ら)

① 始業前

最寄りの会社門又は社船の棧橋より入場の後、控所(機械現場では一般に更衣所と呼ばれており、食堂は別棟に設けられている。)のロッカーに通勤時携帯してきた私物を置き、作業服に着替え、安全靴に履き替えた上、安全帽又は作業帽(布製の帽子)を、また必要に応じて脚絆等を着装又は携帯する。

その後、作業場最寄りの所定準備体操場に赴き(機械現場部門は造船現場部門と異なり、作業場が更衣所と同一建屋内又は最寄りの建屋内にあるので、始終業バスで向かうことはない。)、始業のサイレンが吹鳴されるのを待つ。

なお、朝何時に入場しても自由であること、始業までは控訴人としても誰が出勤し、誰が出勤していないかの確認もせず、出勤のため一旦入門しても退門は自由であること、更衣所のロッカーは従業員の便宜に供しているものであり、更衣所で作業服・安全保護具等の着装をしなければならないものではないこと、自宅で作業服に更衣を済ませて出動する者もいること、したがって、何をしながら、どれだけ時間をかけて作業服・安全保護具等の着装を行うかは自由であること、また更衣所到着以降所定始業時刻までの間どのように過ごすかも自由であることは造船現場部門と同様である。

② 始業

始業のサイレンの吹鳴後、造船現場部門と同様に、出勤の確認、準備体操、続いて朝礼が行われる。朝礼終了後、所定の作業場で動力源・治工具・材料等の段取り、図面・作業指示書等の点検、機械装置の注油・点検及び慣らし運転等の始業付帯作業を行い、その後、本作業を開始する。

(3) 被控訴人らは、労働安全衛生法規や控訴人の諸規則に基づく上長の指示により、実作業に当たり作業服への更衣及びそれの一部として連続してなされる範囲の安全保護具等の着装を義務付けられ、これを懈怠すると就業規則に定められた懲戒処分や就労拒絶の取扱いを受け、また成績考課に反映されて賃金の減収にもつながる場合があるが、それにもかかわらず、次のとおり、本件係争時間は労働時間とはいえない。

① 作業服の着装

本件において、使用者は、休憩時間を除く午前八時から午後五時までの本来の労働時間は、労働者に対し労務指揮権があり、労働者を自由に指揮命令できるが、午前八時以前及び午後五時以後の時間にはそれがない。労働者は、本件の労働時間中は自己の労働力の自由利用は許されず、職務専念義務があるが、午前八時前の時間帯では、職務専念義務はなく、更衣に一〇分かけようと二〇分かけようと自由であり、作業服の着装中おしゃべりをしようと、中断して新聞を読もうと自由である。また、場所的にも、本来の労働時間中は使用者の指示した場所に拘束されるが、作業服の着装は自宅でしても、マイカーの中でしても、駐車場でしても構わない。したがって、作業服の着装において、労働者は時間的にも場所的にも拘束されていない。

② 安全保護具等の着装

安全保護具等の着装は更衣の一部として連続して行われる程度のものであって、作業服の着装と同様の性格を有している。すなわち、安全保護具等の着装は、使用者の労務指揮権の及ばない時間帯になされるものであり、どれだけの時間をかけようと、途中で中断しようと、着装しながら他事をなそうと自由であるから、使用者が労働力を所持しているとみることはできない。

占有にいう自己のためにする意思の面から考えると、安全保護具等の着装は、労働者に自己のためにする意思があるのみであって、使用者にその意思はない。この点に関し、労働安全衛生法上、使用者は労働者が安全保護具等の着装を行えるような措置を講ずる義務を負う場合があるが(同法三条、二〇条ないし二五条)、労働者が安全保護具等の着装を行うのは、使用者の右措置義務を使用者に代わって果たしているのではなく、労働者に課された労働者自身の義務(同法四条、二六条)を履行しているにすぎない。また、使用者の安全保護義務の場合も同様であって、使用者が安全保護義務の一環として労働者に対して安全保護具等の着装を行わせる義務を負う場合にも、労働者が着装するのは、使用者の義務を労働者が使用者に代わって果たしているのではなく、労働者自身が使用者の安全保護義務に対応する協力義務を履行しているにすぎないのである。

③ 歩行等に要する時間

始業時における控所又は更衣所から準備体操場に至る歩行等は、その間、使用者は労務指揮権があるものではなく、また、労働者は使用者から何時就労の要求があるかも知れない状態にはないのであるから、労務契約上も事実上も使用者が労働力を占有している状態ではない。

その時間をもって、本来の作業に不可欠の準備行為である故に使用者の指揮監督下でなされる労務の提供であり、労基法上の労働時間に含まれると解するならば、同じく不可欠の準備行為である通勤に要する時間すべてを労基法上の労働時間に含まざるを得ないことになるが、その不都合は言うまでもない。本件においては、自宅から控所又は更衣所を経て準備体操場に至る歩行時間のすべてが通勤時間なのである。

(二) 賃金請求権について

仮に本件係争時間が労基法上の労働時間に当たるとしても、本件就業規則では本件係争時間に賃金を支払うようにはなっていないので、本件係争時間に対応する賃金請求権は発生しない。

すなわち、本件のように本件係争活動を始業時刻から開始した場合に、本件係争時間につき賃金請求権が発生したとするためには、①控訴人と被控訴人ら間の労働契約を合理的に解釈する方法によるか、②右労働契約が労基法によりそのように変更されたものとするかの二つしかない。

しかし、①右労働契約では、労働者は午前八時に所定の場所に来ることを義務付けているが、その場所で控訴人は労働者の出動の有無を確認し、作業の割振り、作業指示及び作業上の注意をするのであるから、午前八時から本件係争活動をしていては所定の場所に遅れて来ることになり、しかも、所定の場所に来る時刻は各人の本件係争時間の所要時間に差があるから、所定の場所に到着する時刻は労働者ごとに一定ではなく、労働日ごとにも一定ではない。このような状態では労務の提供として受領できないので、被控訴人らに対し各所属長から注意指導を、また、被控訴人らの所属する労働組合に対しては、控訴人の対組合交渉窓口である長崎造船所勤労部管理課から抗議をそれぞれ行っている。このような使用者からの注意指導にもかかわらず、強行した労働者の本件係争活動について使用者に賃金支払いの意思がなかったことは明らかである。したがって、当事者の意思解釈として賃金支払義務を認めるべきではない。また、②労基法三七条一項(昭和六二年法律第九九号による改正前のもの)は八時間内の労働には賃金を支払えと定めていないし、他にそのような規定もないから、強行法規により午前八時以降の本件係争活動に対して賃金を支払うよう本件労働契約が変更されたということもできない。変更されるのは、午前八時前に本件係争活動をする義務がなくなるだけであり、午前八時から本件係争活動をせよという義務が設定されるわけではなく、義務なきことをしたからといって賃金請求権が発生するものでもない。

2 被控訴人らの主張

(一) 労基法上の労働時間について

(1) 被控訴人らは、労働安全衛生法規や控訴人の諸規則に基づく上長の指示により、実作業に当たり作業服・安全保護具等の着装が義務付けられているが、これは企業目的である労働力の確保と配置、作業能率や生産性の向上、職場秩序の維持、安全配慮義務など経営管理と義務遂行上不可欠のものとしてなされている。したがって、これを懈怠すると本件就業規則に定められた懲戒処分や就労拒絶の取扱いを受け、また成績考課に反映されて賃金の減収にもつながるのであるから、作業服・安全保護具等の着装と、これらを作業場から離れた更衣所等の場所で行うこととされているので、事の性質上当然に右場所で作業服・安全保護具等を着装した後実作業に就くべく実作業場近接の所定の準備体操場まで到達するための歩行等は、いずれも業務の一環をなし、これに要する時間は労基法上の労働時間に当たるというべきである。

(2) 控訴人の主張に対する反論は次のとおりである。

控訴人は本件係争活動に時間的拘束がないと主張するが、これは本件係争時間を就業規則上労働時間から除外した結果にすぎない。なぜならば、就業規則上これを労働時間とするならば、控訴人に存在する一般作業の場合の標準時間と同様に実態的には個々に長短があっても職種等に応じて必然的に本件係争活動にかかわる標準的、合理的、平均的必要時間の観念が労使間に成立し、この標準必要時間を基準として本件係争活動に対する時間管理が行われるに至るからである。

控訴人は本件係争活動に場所的拘束がないと主張する。しかし、作業服は控訴人の指示と許可のないものを着用する自由は与えられておらず、安全保護具等や作業工具等についても控訴人によって貸与又は支給され、控訴人の指示によって着用を義務付けられ、しかも、これらの保管場所はすべて控訴人の諸規則や上長の指示によって特定されており、被控訴人らがこれを恣意的に行うことはできないのである。殊に、造船現場部門においては、安全帯(ベルトとこれに結合された命綱)の一部である特殊ベルトに、ペンチやドライバー等の作業工具を入れたペンチサック、消耗品や材料等を入れた小物入れを着装することが上司の指示で義務付けられているほか、棒袋、懐中電灯の携行を義務付けられ、さらに、被控訴人らは控所内又は控所から準備体操場までの途中にある消耗品入れ、副資材庫、工具庫等から必要な消耗品、材料、治工具等を受け出して、準備体操場に向かうのである。

控訴人は安全保護具の着装は労働者に自己のためにする意思があるのみであって使用者にその意思はないと主張する。しかし、労働者の安全保護具等の着装は、事業者その他の関係者が実施する労働災害の防止に関する措置に協力し(労働安全衛生法四条)、事業者が同法二〇条から二五条まで及び二五条の二第一項の規定に基づき講ずる措置に応じて必要な事項を守るためであり(同法二六条)、かつ、すべて控訴人の規則ないし上長による指示に基づいてなされる。いずれの場合も被控訴人らの義務は、業務遂行上事業者が負う義務に対応付随するものにすぎない。事業者の義務を抜きにして労働者単独の労働災害防止の義務を負うことはなく、同法及び労働安全衛生規則もそのような構成になっている(同規則一一〇条の一項と二項、五一八条二項及び五一九条二項と五二〇条等)。

控訴人は自宅から控所又は更衣所を経て準備体操場に至る歩行時間のすべてが通勤時間であり、本来の作業に不可欠の準備行為が労基法上の労働時間に含まれるとするなら、これらすべての通勤時間も労働時間となって不都合であると主張する。しかし、労働力の引渡し(現実の提供と受領)が通勤途上でなされるわけではなく、受領拒否や社員証の提示、携帯品の点検等入門チェックが、さらには作業工具等の着装や携行、消耗品、材料、治工具等の受出し等の義務が通勤途上に位置付けられないから、本件係争活動である歩行時間と通勤時間とは同じではない。そもそも、準備行為のうち客観的性質がこれなくしてはその後の労働の提供を開始できないようなものであるとき、これを不可欠の準備行為といい、また、当該準備行為がその後の労働を前提にして初めて労働者に義務付けられるようなものであるとき、これを不可分の準備行為というのであって、このような準備行為はその後の労働の提供の過程全体を通じて法律上及び実際上の実施要件をなすものであり、これに必要な合理的にして最小限度の時間は労働者の労働義務に統合される重要行為として労基法上の労働時間に含めるべきである。

(二) 賃金請求権について

本件係争時間を本件就業規則で定められた労働時間に加算すると、被控訴人らの労働時間は労基法三二条一項(昭和六二年法律第九九号による改正前のもの)に定める一日八時間の制限を超過することとなるから、本件就業規則の右条項は強行法規に違反し無効である。その結果、被控訴人らは始業時刻前に本件係争活動をする義務を負わなくなるのみならず、始業時刻以後になした本件係争活動について賃金請求権を得ることになる。

すなわち、①就業規則における始終業時刻は一次的に労働契約上の労働時間の起終点であって、必ずしも労基法上の労働時間の起終点と一致しないが、労基法による監督行政は届け出られた就業規則の始終業時刻や休日、休憩等を通して労働時間の法的規制を実現しようとするものであるから、特段の事情がない限り、監督機関も使用者も就業規則の始業時刻は労基法上の労働時間の起算点と合致するものとみなしており、一般的には所定労働時間は同時に労基法上の労働時間と理解されている。したがって、労使間に特段の合意がない限り、使用者は所定労働時間でもある労基法上の労働時間に対する賃金支払いの義務を免れないところであり、本件においては本件係争時間に対して賃金を支払わない旨の特約は存在しないから、控訴人は本件係争活動が所定労働時間内になされた場合には被控訴人らに通常賃金を支払うべきである。②また、労働があれば賃金が発生するという命題は労働契約解釈の一般原則というべきであって、控訴人と被控訴人ら間にはこの契約解釈の原則を否定する特段の約定も存在しない。③さらに、法定労働時間を超える労働義務を設定する労働契約は労基法一三条の直律効によって法定労働時間に縮減されるが、その労働時間に関する賃金の契約は影響を受けないのであある。

そうすると、本件就業規則は、午前八時から午後五時までを一日の所定労働時間とし、その一か月を単位とした月給制を採用しているから、被控訴人らが午前八時の始業時刻に労基法上の労働時間に当たる労務の提供、すなわち本件係争行為を開始した以上、労働契約上の義務の履行を怠ったことにはならず、被控訴人らは労働契約に基づく所定の一か月分全額の賃金請求権を取得したものであり、控訴人の一部不払いは許されない。

第三  証拠

原審及び当審記録中の証拠関係目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

第四  争点に対する判断

一  本件紛争に至る経緯

証拠(甲第四、第六六号証、乙第四号証、第五号証の一ないし四、第六号証の一ないし三、第二一号証の一、第二三、第二四、第二八、第二九、第三七、第四五、第六一号証、第六二号証の一ないし四、第七一、第七二号証)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  控訴人長崎造船所においては、重工労組長船支部(正式名称、全日本労働総同盟全国造船重機械労働組合蓮合会三菱重工労働組合長崎造船支部)、三菱支部長船分会(正式名称、日本労働組合総評議会全日本造船機械労働組合三菱重工支部長崎造船分会)、長船労組(正式名称、三菱重工長崎造船労働組合)の三労働組合が組織され、昭和四七年から昭和六〇年当時の組合員の比率は重工労組長船支部が九七パーセント前後、三菱支部長船分会が二パーセント前後、長船労組が0.2パーセント程度であり、昭和六〇年当時、被控訴人らは長船労組の組合員であった。

2  控訴人長崎造船所における一般部門の始終業時刻は、昭和四六年当時、始業時刻午前八時、終業時刻午後四時となっていたが、昭和四七年一月一日から隔週週休二日制の実施に伴い、始業時刻午前八時、終業時刻午後四時三〇分と、昭和四八年四月一日から完全週休二日制の実施に伴い、現行の始業時刻午前八時、終業時刻午後五時とそれぞれ変更された。そのため、昭和四六年の一人当たりの年間総労働時間は二〇七九時間、休日六八日であったのが、隔週週休二日制の実施後の昭和四七年は一人当たりの年間総労働時間は2032.5時間、休日九五日となり、完全週休二日制実施後の昭和四九年は一人当たりの年間総労働時間一九六〇時間、休日一二〇日となった。

3  控訴人長崎造船所は、隔週週休二日制の実施に当たり、始終業基準の明文化と、始終業の勤怠把握方法(遅刻、早退の確認方法)につきタイムレコーダーから勤怠自己申告制への変更のための作業を進め、昭和四七年三月一五日、社員就業規則細部取扱に本件就業規則と同様の始終業基準を定めるとともに、始終業の勤怠把握につき「ア、自己申告と所属長の確認に基づき、勤怠把握をする場合の始終業の勤怠は、更衣をすませ始業時に体操を開始すべく待機しているか否か、終業時に作業場に居るか否かを基準として判断する。イ、当面、タイムレコーダーにより勤怠把握する場合も、アを基本的考え方とし、始業時は更衣後打刻、終業時は更衣前打刻を基準とする。」と定め、さらに、昭和四八年四月一日、右始終業基準を社員就業規則に定め、同年六月一日、タイムレコーダーを廃止して、始終業の勤怠把握基準として「始業の勤怠は更衣をすませ始業時に体操をすべく所定の場所にいるか否か、終業時に作業場にいるか否かを基準として判断する。」と社員就業規則に定め、これが現行の就業規則となっている。

4  右のような就業規則の変更に重工労組長船支部は同意したが、三菱支部長船分会、長船労組とは妥結するに至らず、特に、長船労組は始終業基準に基づく始終業管理、勤怠把握方法の変更に強く反対し、当初から終業時刻を遵守しない組合員もあり、控訴人は右組合員に対して昭和四八年九月分から賃金カットを始め、さらに、昭和六〇年五月ころから始業時刻を遵守しない組合員も出るに至り、本件の賃金カットに至った。

二  労基法上の労働時間

1  労基法三二条一項(昭和六二年法律第九九号による改正前のもの)は、使用者は労働者に休憩時間を除き一日について八時間を超えて労働させてはならないと規定するところ、この労基法上の労働時間は、労使間の合意、就業規則、労働協約、慣行等の当事者の意思によっては左右されることのない客観的な時間をいうものと解される。なぜなら、労基法は、労基法の基準に達しない労働条件を定める労働契約を無効とし(一三条)、労基法三二条に違反した者を処罰することにしている(一一九条一号)のに、この労働時間の設定を当事者の意思に委ねるとすると、本来労働時間に算入されるべき活動を労働契約において義務付けながらこれを労働時間から除外することも可能となり、右の各規定は無意味なものとなるからである。

労基法上の労働時間とは右のように客観的な時間であるが、それは労働者が使用者の指揮監督の下に置かれている時間を意味し、労働者が労働契約の基本的義務である労務提供義務を履行する場合はもとより、右の労務提供義務と不可分一体のものとしてそれ自体を義務付けられ、かつ事実上使用者の拘束下で行われる活動に要する時間もこれに含まれるものと解するのが相当である。労働契約上の労働とは労働者が「労務ニ服スル」(民法六二三条)こと、すなわち使用者の指揮監督の下に労務を給付することを意味しており、労基法上も右の民法上の概念を無視することはできないが、一方、労基法一条一項は、労働条件は労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならないと規定して、労働条件の基本理念を表明し、同法三二条一項(昭和六二年法律第九九号による改正前のもの)は、これを具体化して、労働者を保護することを目的として労働条件の一つである労働時間を規制するものであるから、この労基法の趣旨をも考慮に入れて、労基法上の労働時間の意味を確定しなければならない。そうすると、労働者が労働契約上の労務提供義務の履行として使用者による労務指揮権の行使下に置かれている場合にとどまらず、事実上これと同視することができるような状態にある場合にも、これを労基法上の労働時間とみて規制の対象とするのが相当だからである。

控訴人は、指揮命令下に置くというのは労働力が労働者から使用者に引き渡された状態をいい、これは民法上の占有の概念に類似するものであって、占有の要件である所持と自己のためにする意思の有無をもって労基法上の労働であるかどうかを判断すべき旨を主張するのであるが、労働契約における労務提供と占有とが類似する点があるとしても、これはあくまで類似するというにすぎず、占有の概念を労働関係に類推すべき格別の根拠はないし、何よりも、右主張には労基法が労働保護法であるという観点を欠落しており、到底採用することはできない。

そして、右のようにして判断された労基法上の労働時間が一日八時間の法定最長限を超えない範囲においては当事者は労働時間を自由に約定することができるが、これを超える場合には、労働契約はその違反の限度において無効となり、労基法一三条により修正を受けることとなるのである。

2  本件においては、本件就業規則が定める午前八時から午後五時まで(ただし、午前一二時から午後一時までは休憩時間)の所定労働時間(労働契約上労働者が労務提供義務を負う賃金の対象となる時間。以下同じ。)八時間は労基法上の労働時間と認めることができるから、始業時刻前の本件係争活動に要する時間(すなわち本件係争時間)が労基法上の労働時間に算入されるとすれば、本件就業規則の定めは法定労働時間を超えることになり、本件就業規則のうち本件係争活動の義務を設定した部分は無効ということになる。そこで、この点を本件についてみることとする。

(一) 証拠(甲第二、第三号証、第一四ないし第二〇号証、第三〇号証の一ないし五、第五六号証の一ないし二六、第五七号証の一ないし四、第六八号証、第七三ないし第七五号証、第一一二号の一ないし六九、第一一五号証、第一一七ないし第一一八号証、乙第一〇七号証の一ないし五五六、第一一〇号証、第一一一号証の一、二、原審における被控訴人久保田本人尋問の結果)及び弁護の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1) 昭和六〇年当時、被控訴人石尾、同歳田(いずれも溶接工)、同中西、同氏家(いずも電気塗装工)は造船現場部門に所属し、その余の被控訴人らは機械現場部門に所属し、いずれも現場作業に従事していた。そのため、被控訴人らは、控訴人長崎造船所の安全心得や各種作業基準等の内規により、作業場においては作業服・安全保護具等を正しく着装するよう具体的に指示され、また、本件就業規則の始業基準に関する規定により右着装を始業時刻前に完了していることを義務付けられており、これを懈怠すると本件就業規則に定められた懲戒処分や就労拒絶の取扱いを受け、また成績考課に反映されて賃金の減収にもつながる場合があった。

(2) 造船現場部門における本件係争活動は概ね次のとおりである。構内に入門後、まず、控所(造船現場部門では更衣所を控所と称する。廃止前のタイムレコーダーはここに設置されていた。)に入る。控所には、各人毎の更衣用ロッカー、各班毎の保護具入れロッカー及び消耗品入れロッカーが設置してあり、保護具入れロッカーには安全帽、防塵マスク等、消耗品入れロッカーには防塵マスクのフィルター、革手袋、スポンジ、軍手等が収納され、更衣用ロッカーの外側には作業服が吊るされている。作業服及び安全靴は支給品であり、その他の安全保護具等は貸与品である(機械現場部門も同じ。)。社員は下着を含め通勤服を脱衣して作業服を着装し、安全帽、安全靴、脚絆、安全帯(ベルトに命綱、ペンチサック、小物入れが接合されている。)を着装する。その所要時間は大体五、六分である。午前七時五五分に予鈴のサイレンが鳴り、歩行又は始終業バスにより午前八時までに所定準備体操場に集合する(その際、前記始終業の勤怠把握基準に従って出勤の確認が行われる。)。控所から所定の準備体操場までの所要時間はほぼ五分以内である。午前八時に始まった準備体操は三分間で終了し、その後朝礼が行われ、作業場に向かう。

控所の三階には食堂が付設してあり、始業前の午前七時四〇分ころには、安全帯を付けない状態で、コーヒーを飲んだり喫煙したり雑談したりする社員が多数おり、その際、組合用務の伝達が行われることもある。作業服を自宅に持ち帰ることは別段禁止されているわけではないが、作業服を着装して通勤する社員はごくわずかであり、また、安全保護具等は作業長(安全監督者)の指示により所定の場所に保管され、これを着装して通勤する社員はいない(機械現場部門も同じ。)。

造船現場部門の仕事は作業場が一定せず、予め作業工具等を携帯しておく必要があるため、作業服のポケット、安全帯に接合したペンチサック及び小物入れにペンチ、ドライバー、モンキースパナ、笛、懐中電灯、セロテープ、ビニールテープ、ボールペン等を常時収納しており(作業服、安全帯の着装時にこれらを出し入れすることはない。)また、溶接棒(控所近くの棒庫に保管されている。)の入った棒袋を携帯したり、控所近くの工具庫(受出し時間は午前七時四五分から八時二〇分までのほか、午前一回、午後二回に限定されている。)からチョーク、白ガラス等の資材を受け出して、所定の準備体操場に向かう。

(3) 機械現場部門における本件係争活動は概ね次のとおりである。機械現場部門では、更衣所、現場控所、工具室が作業場(廃止前の前記タイムレコーダーはここに設置されていた。)に付設されているところ、更衣所には更衣用ロッカーがあって作業服、安全靴が置かれ、現場控所にはその他の安全保護具等が収納されている。社員は構内に入門後、まず、更衣所で下着を含め通勤服を脱衣して作業服を着装し、安全靴に履き替える。その所要時間は三、四分である。次いで、現場控所で脚絆と安全帽を着装して、午前八時までに歩いて現場控所前の準備体操場に集合し(その際、前記始終業の勤怠把握基準に従って出勤の確認が行われる。)、準備体操を開始する。準備体操の後、朝礼が行われ作業が開始する。

機械現場部門の作業場は一定しているので、作業工具を携帯する必要はなく、ただ、当時マーキング作業を行っていた被控訴人久保田、同宮副、玉掛け作業を多く行っていた同田浦、草野は多少の作業工具を携帯する。

(二) 以上の事実及び前記争いのない事実に基づいて検討する。

本件就業規則の始業基準に関する規定が始業時刻前に作業服・安全保護具等の着装を完了していることを義務付けていることは右認定のとおりである。右着装義務は、労働安全衛生法二六条に定める労働災害防止のための労働者の遵守義務に対応するものと解されるが、労働安全衛生法は事業者に労働災害防止の責任を課す一方、労働者には右防止措置への協力義務を課し(三条一項、四条、二〇条、二六条)、さらに、同法二〇条所定の事業者が講ずべき具体的な措置や、同法二六条所定の労働者の遵守すべき必要な事項を個別的に規定した労働安全衛生規則等の労働省令では、まず事業者の作業服・安全保護具等を着装させる義務が規定された上で、続いて事業者から命じられたときの労働者の着装義務が規定されているのであって(労働安全衛生規則一〇五条、一一〇条、五二〇条、五五八条等)、これらの規定に照らすと、作業服・安全保護具等の着装は、被控訴人らが自らの遵守義務を履行するのはもちろん、それと同時に、控訴人の義務付けられた労働災害の防止措置に協力してこれを実現するものとみることができるのである。作業服・安全保護具等の着装が有する右のような法的意味に加え、右着装が人的な作業準備であって本来の作業に必要不可欠な活動であること、被控訴人らは内規により右着装を正しく行うよう具体的に指示されているところ、右の指示は作業場における服務規律ではあるものの、始業前であっても右着装に際しては右の指示に従わざるを得ないことを併せ考えると、本件就業規則の始業基準に関する規定は、労働契約上の基本的義務である労務提供義務と不可分一体のものとして、右着装自体を義務付けたものと解することができる。

しかも、安全保護具等は控所や更衣所等に保管されているのであるから、被控訴人らは控所や更衣所等でこれを着装することを余儀なくされ、作業服については、控訴人は自宅等で着装することもできる旨を主張するが、作業服を着装して通勤したり、汚れた作業服を着装したまま帰宅することには心理的な抵抗があることを考えれば、作業服も安全保護具等と同様に控所や更衣所で着装することを余儀なくされているものということができる。さらに、控訴人は始業前の時間は社員が自由に利用することのできる旨を主張するが、少なくとも作業服・安全保護具等の着装に従事している時間はこれに専念せざるを得ないのであって、右着装時間をもって自由な時間ということはできない。

以上によると、被控訴人らは本来の労務提供義務と不可分一体のものとしてそれ自体を義務付けられた作業服・安全保護具等の着装を事実上拘束された状態で従事するものであるから、右着装の開始により、被控訴人らは使用者の指揮監督下に入ったものと認めることができる。

そして、被控訴人らは右着装後、所定の準備体操場に移動するのであるが、右のとおり被控訴人らは既に使田者の指揮監督下に入っており、そのまま、本件就業規則において実作業の場所とされている所定の準備体操場に移動し、引き続き作業場に移動するのであるから、所定の準備体操場に移動する時間も当然に使用者の指揮監督下にあるものと認めることができる。

そうすると、本件係争時間は労基法上の労働時間と解することができるから、本件就業規則のうち本件係争活動を始業時刻前に行う義務を設定した部分は労基法三二条一項(昭和六二年法律第九九号による改正前のもの)に違反して無効である。

三  賃金請求権

証拠(甲第四号証)によれば、本件就業規則三七条に基づいて定められた社員賃金規則には、賃金額は一か月の所定労働日の所定労働時間について定めたものとする旨が規定されていることが認められるところ、前記のとおり、本件就業規則のうち始業時刻前に本件係争活動を行う義務を設定した部分は無効であって、労基法一三条により労基法所定の基準に修正されることになるが、本件の場合には、本件就業規則における所定労働時間は本件係争活動と本件就業規則に定める実作業とを合わせて法定労働時間の八時間に修正され、これに伴い、右の所定労働時間に対応する一か月の賃金全額について賃金請求権が発生するものと解するのが相当である。なぜなら、被控訴人らにおいては、本件係争活動は本来の作業に入るためには必ず行わなければならないものであって、これを行うか否かを選択する余地はないのであるから、これらに整合性を持たせ、直律効をもって労働条件を規制しようとする労基法一三条の趣旨に従って、本件就業規則を修正するとすれば、本件就業規則の始業基準に関する規定は本件係争活動を始業時刻から行わせるように修正しなければならず、右のように修正されることになれば、本件係争活動は本件就業規則における所定労働時間に組み込まれ、その結果、本件就業規則における所定労働時間は本件係争活動と本件就業規則に定める実作業とを合わせて法定労働時間の八時間に修正されることになる。そして、本件係争時間が本件就業規則における所定労働時間に含まれる以上、これに対応する賃金請求権も当然に発生することになるのである。

そうすると、被控訴人らの本件不就業時間が本件係争活動に要した時間であることは当事者間に争いがないから、被控訴人らは右により修正された所定労働時間につき労務を提供したものであって、本件不就業時間に対応する賃金についても賃金請求権を取得したというべきである。したがって、本件の賃金カットは何らの根拠もなくなされたものということができる。

第五  結論

以上によると、控訴人は、被控訴人らに対し、原判決添付別紙二記載の各金員及びこれに対する本訴状送達日の翌日である昭和六〇年八月三日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よって、被控訴人らの請求は理由があるからこれを認容すべきところ、右と同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官緒賀恒雄 裁判官池谷泉 裁判官川久保政德)

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